教室の窓から外を眺めていると、チラチラと雪が降り出した。
最近また一段と寒くなったもんな・・・
教室の中は暖房が利いていて寒いと思う事は殆ど無いが、流石に廊下に出るとその温度差に驚かされる。
風邪をひかない様に気をつけなきゃな・・・英二にも気をつける様に言っておこう。
そう思いながら、また窓の外を眺めて大きく溜息をつく。
ハァ・・・
でもその前にどうにかしなきゃな・・・
俺は昨日の英二とのやり取りを思い出していた。
1月も後半になるとクラスの中も外もすっかりお正月雰囲気がなくなり、代わりに学年末テストやそれが終わった後の卒業式の話で持ちきりになっていた。
もちろんそれは俺達元青学レギュラー陣も等しく同じで、部活がなくなった今は昔ほど頻繁に会う事はないが、廊下ですれ違った時や、
卒業式が終わった後に後輩達が開いてくれる送別会の打ち合わせをしたりと、会った時にはそれなりに話し込んだりもしていた。
しかし・・・ここ2,3日学年末テストよりも卒業式よりも上がる話題
それが・・・バレンタイン
去年も何かと大変だった・・・
だから今年はその教訓をいかして英二以外からは受け取らず穏やかに過ごしたい・・・
そう思っていたのに、英二から聞かされた話はそんな俺のささやかな願いも打ち破るような内容だった。
「英二。いつまでも怒ってないでさ。勉強しようよ」
「う〜〜〜!!こんな気分じゃ勉強なんてする気にならないっていうの!」
「まぁでも・・・バレンタインの前に学年末テストが先だし・・・」
「バカ!そんな呑気な事言ってる場合じゃないだろ?」
「だけど英二・・・」
「言っとくけどな・・・テニス部元レギュラーが全員狙われてんだかんな!」
「うん」
「って事は・・・大石も!俺も!含まれるって事だかんな」
「それは・・・わかってるけど・・・」
「じゃあ!どうすんだよ!相手は玉砕覚悟、卒業記念で告白してくんだぜ」
そうなんだ・・・英二がここまで興奮して怒る理由
それは今日クラスの女子に英二が色々聞かれた事が始まりで・・・英二の話曰く
バレンタインの日にテニス部元レギュラー陣をターゲットに告白をするという
女子達の企み?が・・・わかったらしい・・・
正確に言えば、クラスの女子にその為のリサーチを受けたらしいんだが・・・
なんでも中学最後だから、玉砕覚悟もしくは卒業記念・・・・
取り敢えず思い出に告白してみよう・・・
それで上手くいけば・・・万々歳・・・という何とも恐ろしい・・・
いや・・・困った話なんだ。
だけどバレンタインの日は学年末テスト最終日と重なっていて、困った話だけど
それに流されてばかりもいられない。
だから英二を何とか落ち着けて、テスト勉強をしなきゃとは思ってるんだけど・・・
時間が経てば経つほど英二の機嫌は悪くなっていく一方でなかなか上手くいかない・・・
「まぁだけど取り敢えず落ち着いてさ・・・」
「落ち着いてって、じゃあ何かいい方法でもあんのか?」
「えっ・・・いや・・・それは・・・その・・・ないけど・・・」
「そらみろ!無いじゃんか!そんな事だと当日は一緒になんか絶対過ごせなくなるって
色んな女子に振り回されて、くたくたになってさ・・・
そんでもって・・・思いがけない可愛い女子に大石が告白されて・・・
大石なんてグラグラって心揺らいじゃうかもしんないじゃんか!!」
大きな目を揺らして英二が縋りつく様に俺の目を覗き込んでくる。
グラグラって・・・俺が?
「えっ・・・英二?少し話がずれてきたみたいなんだけど・・・・」
「どうすんだよ!可愛い子に告白されたら、俺をふってそっちとくっつくのか?」
えぇぇ・・・・
ホントに話がおかしな方向へ向かってるんだけど英二
確か俺達がバレンタインの日に女子にターゲットにされてるのを、どうやってやり過ごすかって話だったよな?
だけど勉強もしなきゃって・・・なのに俺が告白されて心揺らぐって・・・
「いや・・・だから英二・・・」
「なんだよ!誤魔化すなよ!俺よりどうせ女の子の方がいいんだ・・・」
今にも泣きそうに目を潤ませている英二を見ると、話がそれているって思っていた自分の 思いも忘れて叫んでしまった。
「そんな訳ないじゃないか!どんな子に告白されても、俺は英二だけだから!
英二が好きだし・・英二を愛してるし・・英二以外は考えられないよ!」
そして英二を引き寄せて強く抱きしめた。
「英二。俺は英二が傍にいてくれれば、他は何もいらない。
それに俺が他の子に心揺らぐ事なんてある訳ないじゃないか」
そうだよ・・・もし誰かが俺に好意を持ってくれて、告白してくれたとしても
その相手の子が、どんなに可愛くても綺麗でもそんな事は俺には関係ない。
俺が英二以外の誰かに心を動かされるなんて事はないんだから・・・
英二以上に誰かを好きになるなんて事はないんだから・・・
いつまでも顔をあげない英二を見ると、耳まで赤くして俺の胸の中に埋もれている。
「英二・・・わかってくれた?」
そんな英二が顔をあげずに呟いた。
「ホントに・・・・?」
だから俺は耳元で、優しく英二が安心するように答える。
「ホントだよ」
その言葉を聞いて、英二がようやく顔をあげた。
「へへっ!そっか!うん。そうだよな!大石は俺の大石だもんな」
自分に言い聞かすように言うと、満面の笑みを俺に向けた。
英二の笑顔・・・大好きな笑顔
可愛い英二・・・俺の英二
「英二だって・・・俺の英二だろ?」
そう言い返すと
「まぁねん!」
と更に極上の笑みを浮かべた。
愛しい恋人との甘い空間
・・・・・・・・・・
それは凄く嬉しいことなんだけど・・・だけどアレ?何でこんな事になってるんだ?
そもそも俺の家に来た第一目的はテスト勉強で・・・
だけど英二がバレンタインの事で機嫌が悪くて・・・
だからその・・英二の機嫌が良くなったのはいいけど、抱き合ってる場合じゃないよな?
「えっ英二・・・そろそろ勉強しないと・・」
「ヤダ!」
ぴったりと引っ付いた英二が、俺の胸にまた顔を埋める。
ヤダって・・・
「だけど・・・時間が・・・」
「ヤダったらヤダ!」
う〜〜〜ん・・・・これは参った・・・
バレンタインの事で怒ってる英二を宥めるのも大変だけど・・・
こうやって甘い雰囲気になってしまった英二を引き離すのは更に大変だ・・・
だけどこのままじゃ本当にテスト勉強どころじゃなくなる。
俺の理性が効いてるうちに何とかしなければ・・・
「英二。取り敢えず少し離れてくれないかな?」
何とか英二と距離をとって、テスト勉強の雰囲気に戻そう。
そう思ってる俺を無視して顔をあげてた英二の目は、既にトロッと潤んでいた。
「それよりさぁ・・・」
まずい・・・この目の英二は非常にまずい・・・
それに声も・・・この甘えた言い方も・・・
っていうか・・・俺の胸でのの字を書くのは止めてくれ・・・
「なっ何だい?」
英二の言いそうな事が大体想像が出来てしまって、思わず声が上擦ってしまった。
「さっきさ大石の母ちゃんと妹ちゃん、出かけるからって言ってたじゃん」
「あぁ。うん」
「今日は帰るの遅くなるって、だけどゆっくりしていってねって言ってたじゃん」
・・・確かにそんな事言っていたが・・・
「だからさぁ〜〜ねっ!」
ねっ!・・・ってなんだよ・・・そんな可愛くおねだりされたら・・・
いや・・・駄目だ。
ここで負けたら、ホントに勉強なんて出来なくなるぞ。
「ほら!英二。アレはどうすんだ?バレンタインの事は?」
これでまた不機嫌になったら?とも思ったが・・・
今はそんな事を言ってる場合じゃなくて・・・
取り敢えずは今の状況を変えようと言ったんだけど、あっさり返されてしまった。
「あぁ。それは明日不二に相談するから、よく考えれば不二も同じ状況なんだし
こういう場合は不二に言ってさ、いい考え出してもらうのが1番しょ!」
「まぁ確かに・・・」
って納得してる場合じゃないだろ俺。
しっかりしろ!!
このままだと英二に負けてしまう・・・押し切られるぞ
「じゃあ問題解決したんだし・・・なっ!テスト勉強!」
「え〜〜そんなの後でいいじゃん!今家に誰もいないんだぞ!」
「それはわかってるけど・・・」
「こんな美味しいシチュエーション・・・もうないかもよ」
「・・・・・・」
もうないかもって・・・普段居ても・・・英二は関係なしじゃないか・・・
「あぁ〜大石冷たい・・・やっぱ俺が大石を想うぐらい、大石は俺の事想ってくれてないんだ」
プッーと頬っぺたを膨らませて拗ねる英二に、駄目だ駄目だと思いつつ・・・
ついのってしまった。
「そんな事ないよ!俺だって英二の事、英二に負けないぐらい想ってるよ」
「んじゃあさ。証拠見せて!」
「証拠って・・・」
「だからさ俺達はバレンタインに向けて、もっと愛を深めておいた方がいいって事」
そう言って俺の返事を聞かずに、俺の唇にチュッと軽くキスをした英二に俺の微かに残っていた理性は全て奪われてしまった。
もう駄目だ・・・
「英二・・・」
英二を抱きしめて押し倒し、今度は俺から深くキスをする。
「英二・・・愛してるよ」
「大石・・・俺も愛してる」
一度離した唇をまた何度も重ねて、俺達はお互いを求め合った。
・・・・結局・・・負けてしまった・・・・
昨日はテスト勉強どころじゃなくなって・・・
英二の機嫌はすこぶる良くなったけど、このままじゃ非常に不味い。
俺の家に試験勉強をしに来る度に昨日の様な事になっては、ホントに勉強どころじゃなくなる。
中学最後のテスト・・・俺達には受験勉強が無い分ここで頑張っておかないと・・・
頭ではわかってるんだ。
だからそれを英二にもしっかり伝えて、俺が流されなければ・・・
うん。そうだな。俺さえしっかりしていればいいんだ。
だけどあんなに可愛い顔で、また誘われたら・・・・断れるだろうか・・・・?
ハァ・・・
俺は窓の外を眺めながら、また大きく溜息をついた。
俺の理性なんて・・・ホント風前の灯だな・・・
「大石」
軽い自己嫌悪に陥っていると、いつの間にか俺の席の横に手塚が立っていた。
「あぁ手塚・・・いつの間に?」
「いや・・・さっきから居たんだが、何やら外を眺めて何度も溜息をついていたんでな・・
なかなか話かけれなかった・・・」
「えっ?そうなのか・・・すまなかったな。気にせずすぐに声をかけてくれても良かったのに・・・
ところで、どうしたんだ?何か用があるんだろ?」
「あぁ・・その事だが、ここでは少し・・・だから悪いが廊下に出てもらえないだろうか?」
「ここでは話にくい事なんだな。わかった。じゃあ廊下に出よう」
「すまないな」
俺達は賑わっている教室を抜け出して、人がいない廊下の片隅に移動した。
手塚が人目を気にして話って・・・珍しいよな
バレンタインなのでチョコと同じように甘く・・・と思ったんですが・・・・
まぁ・・・どうかな?
甘いというか・・・やっぱいつもと同じかな(笑)
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